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68 entries from July 2007

057 カフェ「DESTIJL」(2005.11.21)

札幌市中央区の円山は、ゆったりとした時間の流れを感じる、居心地の良いエリア。そのためか小規模でセンスの良いカフェやレストランも多い。

アンティークショップ「プランドゥ」の1Fにカフェがオープンした。モダンなインテリア、座り心地の良いラウンジチェア…ひとりでも、友人とでもリラックスできる空間。お店の名前は「DESTIJL(デスティル)」。オーナーの成田さんのインタビューしてみた

Text by Shinichi Ishikawa.

NUMERO DEUX SPECIAL 057 Lounge Chair.
Interview with Narita Daisuke(DESTIJL)
取材日時:2005.11.21(Mon) 18:00-19:00
取材場所:DESTIJL
Interview & Photograph by Shinichi Ishikawa(NUMERO DEUX


Daisuke Narita(DESTIJL)
インタビュー:成田 大亮(デスティル)

     

----開店までのプロフィールを教えてください

1974年札幌生まれで、大学までずっと札幌です。英文学科を卒業して、業界紙の編集の仕事に就きました。そういった仕事を選んだのは、文を書いたりするのが興味があったからです。

----お店をやろうと思ったキッカケを教えてください?

卒業して、就職をしましたが、将来独立という想いはありました。僕は両親も自営業でして、その影響か、なんとなく自分も自営業になるんだろうなぁ、と思っていました。でも、お金がないと、お店はできないので、まず普通に就職して、お金を貯めようと思って就職したのです。いつの時点で「カフェ」をやろうと思ったかは忘れしまいました。かなり昔はクラブ・ジャズなどの音楽が好きだったので、レコード屋がいいかなと、思いました。でも専門性の高いレコード屋は札幌では難しいかな、と思ったり。いろいろ考えながら、カフェに落ち着きました。

     

----お店がオープンするまでのことを教えてください?

働いてお金を貯めつつ、独立の準備もしようと思っていました。マネジメント的なことや、経営者の理念といったようなことを本などで多少勉強しましたが、ほとんど内装やインテリアをどうするかなど、空想をもてあそんでいました。今から考えると本当に甘かったと思います。職場は7年働いて退職しました。その後は家具探しとか、メニューなどを含めたお店の内容を固めるのに半年ぐらいかけたと思います。

その後に物件探しをしました。ツテがあった訳でもなかったので、普通に店舗に強い不動産屋さんに行きました。出店したい場所の希望は、中心部周辺の西エリア、円山方面も含めて、考えていました。探してみると自分の希望する物件は、非常に少なくて困ってしまいました。なかなか見つからなくて。探しているエリアを自分の足で、空き物件を探しもしました。8月ぐらいに、お店の家具などでお世話になっていたプランドゥさんから、お話があって結果的に1Fをお店にしていただけることになりました。そして、10月まで工事、同月中旬オープンで現在にいたっています。急な展開でしたね(笑)。

     

----お店について、教えてください?

店名を決めるのは、オープン直前まで悩みました。「デスティル」という名前はモダニズム期のアート系雑誌のネーミングからとっています。バウハウスやモンドリアンなどとの関連もあり、店の空間イメージとも遠くないと思いまして。語感も気に入っています。
メニューはコーヒーなどのお茶からアルコール、食事まで用意しております。夕方からは、お酒と相性が良く、シェアもしていただけるような一皿ものも提供しています。紅茶については、ブランドのアイテムよりも、こだわりを持った地元の茶葉専門店さんから新鮮なものを仕入れて、お出しするようなスタイルにしています。ブレンドやエスプレッソのオーダーを受けた時は、豆を挽くことから始めます。また、主な野菜やクスクス、ハーブティーなどで積極的にオーガニック素材を取り入れています。無線LANも設けておりますので、店内でお使いになりたい方は、お気軽にお申しつけいただきたいと思います。

インテリアとしては、50年代のフランスの家具が主で、非常にレアで日本では本当に少ないものも含まれていると思います。
椅子のほとんどが、ラウンジ・チェアなのは飲食店では珍しいと思いますが、お客様の居心地の良さを優先しました。今は新品でも同じようなテイストの家具が出回っているようで、それらを使えば簡単に雰囲気を作れると思いますが、そういうお手軽をしたくなかったので、照明、小物にいたるまですべて当時のものを使っています。

自分のお店は「カフェ」と呼んでいますが、そこに強いこだわりがある訳ではなくて、僕が一番にやりたかったのが、「気持ちの良い空間」作りなんです。ただ、それだけでは、お金をいただくことができないので(笑)、カフェ的な飲食店に落ち着いたというところです。空間といっても、提供しているものやサービスも含めたトータルとしてという意味で、インテリアはその一部分にしかすぎません。
テクニック的にはまだまだ課題が多いですが、血の通ったサービスをしていきたいと思っています。24時までオープンしているのも、いつでも来れて、お茶に、食事に、お酒にいろいろな楽しみ方をしていただきたいからです。

     

----最後に、読者にメッセージをおねがいします?

お店の雰囲気はカッコつけた感じかもしれませんが、私はある特定の方々のためのお店とか、そういう考えでやっている訳ではまったくありません。どなたでも近所の食堂のような感じで気軽に利用していただければと思います。
壁面で展示をしたり、パーティを行いたい、というご相談もお受けいたします。興味のある方はご連絡お待ちいたしております。


after Hours
店内に流れる音楽はセンス良く、さりげない。オーナーの成田氏は、以前はクラブ・ジャズのDJもしていたそうだ。店内のターン・テーブルまわりのレコードについて、聞いてみるのもいいかもしれない。

DESTIJL(デスティル)
場所:札幌市中央区南1西23丁目1-35
営業時間:11:30〜24:00(ラストオーダー23:30)
定休日:木曜(祝祭日の場合、営業)
Tel&Fax:011-616-1700

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人間関係ドラマ

子供のころの仲間の思い出をテーマに描く映画がある。「甘くせつない思い出」というあたりが狙いになると思うけど、正直、僕はあんまりそこにリアリティを感じない。子供の頃のに特別なノスタルジックな感傷もない。転校が多かったからかな。それに僕にとって常に過去は最悪なのだ。

映画「ミステックリバー」では3人主人公の子供の頃の「ひとつの事件」から「現在の事件」についての話。予想に反してノスタルジックな感傷などまったくなく、僕が心配するほど冷たいトーンで話しが進行していく。

3人の主人公の配役は絶妙。ショーン・ペンはうまいけど、ちょっと目立ちすぎかな。ケヴィン・ベーコン好きです。ティム・ロビンスは、こういう役を演じるのが好きなんだろうなーと思いました。本作はサスペンス的な要素を期待すると、そこは肩すかし。何十年ぶりかに特に希望もしないのに、つながることになった3人が居心地の悪い思いをする映画です。感心したのは「3人の奥さん」の役割も実にうまく演出されていて人間「関係」ドラマが展開。ラストの解釈はいろいろできるけど、あのようなシーンをラストにするのは凄い発想だなぁと思った。

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スーパーの帰り道

スーパーで買い物をして、Tシャツに買い物袋(ポリ)を持って歩道を歩いていると、ふと僕は自分の人生について考えることがある。人生というテーマはあまりにも深いので、なかなか普段考えない。僕は人生のビジョンについて考えるのは苦手だ。

もっと、ミニマムな、例えば編集の企画についてのビジョンとかはわりとスムーズに考えることができる。自分の人生となるとなかなか難しい。他人の人生のほうが考えやすいと思えてしまう。

表現というのは本質的にその人の根本から来るものではないか。その人の人生についてのビジョンというのあって、そこからなにかの表現につながるのが、リアルな表現ではないか。そう考えると人生について考えるのはとても大切な感じがする。自宅に帰って冷蔵庫にスーパーで買ったものを入れる。それらを整理していくうちに日常に埋もれてしまう。冷蔵庫は充実した。でも人生は難しい。

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056 [Yoshiki boutique][hamonica bld.](2005.5.29)

服はどこで買いますか?ここ数年、札幌の中心部はアパレルショップが急速に増えている。その大部分は道外ブランドを取り扱うセレクトショップ。その中で今回紹介する「ヨシキブティック」は札幌を拠点に服を作るアトリエと、ショップが同じ場所にあり、デザイナーの世界観を反映したシンプルで可愛らしい洋服を作っている。そして、このお店のDM、ウェブサイト等の販促関係は札幌のデザイン・ユニット「ハモニカビル」が担当。洋服のデザインと、それを支える販促デザイン。リアルな現場の話を聞いてみた。

Text by Shinichi Ishikawa.

NUMERO DEUX SPECIAL 056 Design&Design.
Interview with Yoshiki Satou(Yoshiki boutique)& hamonica bld.(Naoki Fujita & Kaori Kojima))
取材日時:2005.5.29(sun) 18:00-19:00
取材場所:Yoshiki boutique
Interview & Photograph by Shinichi Ishikawa(NUMERO DEUX

Yoshiki Satou(Yoshiki boutique)
インタビュー:佐藤義喜(ヨシキブティック)

----現在までのプロフィールを教えてください

札幌の服飾の専門学校を出て、そして東京のアパレルメーカーに就職しました。そこは2年ぐらいは居たのですけど、違うことがやりたくなって札幌に戻りました。しばらく札幌でインテリア関係の仕事をしていました。でも、また洋服を作りたくなって、今度は独立することにしました。メーカーに勤めていると、自分の好きなものは作れないというのがあったので。それが現在のお店になっています。2002年のことです。

----お店のコンセプトを教えてください

最初は洋服を作りたかったので、お店をやるとは考えていませんでした。普通に考えれば、自分の作った服をセレクトショップ等に卸す形になると思います。でも、自分の作るものを目の届く範囲に置きたかった。服を売るというときに自分のコンセプトを全部あわせて売りたいんです。それによって、自分の世界をお客さんに提供できると思っています。
その結果として、自分のお店は洋服を作っている場所で同時にお店も兼ねているという感じになりました。お店の洋服を全部自分で作っています。特に手作りにこだわっている訳ではなくて、クオリティさえ確保できるなら工場でもいいのです。ただ、工場に頼むとなると、ある程度の数を作らなきゃならない。大量生産という形になると、売り方自体も変わってきてしまって、それは自分のスタイルではないのです。
札幌でやる理由として工場に発注しなくても、生産が追いつかない、ということもなく同時にビジネスとしてやっていける、というのがメリットだと思ってい ます。

----洋服について教えてください

シーズンことにはっきりとしたテーマで展開していく…というスタンスではなくて、基本的に定番モノを展開していって、少しづつ違うものを出しています。カジュアルでポップ、そして、ディテールにはこだわっていますね。カットソー、 シャツをよく買われる方が多いです。

----服のデザインのアイディアはどのようにして浮かびますか

お店にもディスプレイしていますが、レゴとかスヌーピーの世界観が好きなんです。具体的にデザインする時は「顔」からはいるんです。まず、女の子の、髪型とか顔の形、スタイルとか、イメージを作って、服のデザインを考えていきます。その女の子のイメージも、必ずしも現実的ではなくて、スヌーピーのようなビーグル犬だったりすることもあります。自分の作るものは、たとえばスヌーピーの世界にあってもマッチするようなものが作ればいいな、と思ってます。

----1日の生活はどんな感じですか

お店が12時からなんで、少し前に来てお茶を飲みます。その後はずっと仕事ですね。結構遅くまでやっています。自宅はここから近所です。

----お客さんはどのような方々が来られますか

いろいろなお客さんが来られますが、特に感じるのは20代前半の普通のOLさんよりも、デザインに興味があったり、実際にデザインの仕事をしている方々です。一度、お店まで来ていだけると気に入っていただける方が多いと思います。

----今後の予定など教えてください

札幌を拠点にしながら自分の作った洋服を全国的に展開していきたいなと考えています。今、そのやりかたをいろいろ考えています。

hamonica bld.(Naoki Fujita & Kaori Kojima)
インタビュー:ハモニカビル(藤田直樹+小島歌織)

----プロフィールを簡単に教えてください

藤田直樹:僕はデザイン系の専門学校を卒業して、現在デザイン会社でアートディレクターをしています。仕事の中心は平面中心です。仕事の合間に自主制作はずっとしていました。仕事でのデザインが制約が多い訳で、それからはみ出して広がった空想をプライベートな作品作りで解消していました。専門学校に進学した時点では、デザインの仕事についてそんなに深く考えていた訳ではなく、漠然とネクタイをしない仕事がいいな、音楽が好きだったのでレコードジャケットのデザインをしたいな、という程度の動機でした。

小島歌織:私は将来はまんが家かイラストレーターになりたいなと思ってました。でも、進学を考える時点で、それは難しいかな、と感じていて。そんなとき高校の授業でAdobe Photoshopに出会いまして。そのソフトでいろいろ作品を作るのが楽しくなり、結果、美大に進学しました。在学中にフリーペーパーの制作や、広告代理店でアシスタントなどの仕事をし、卒業して、現在はデザイン会社で制作の仕事をしています。藤田との出会いのきっかけは、以前に働いていた代理店で仕事上のつながりがあったのです。


「PARTS HUNT」

----「ハモニカビル」ができたキッカケを教えてください

藤田:彼女に仕事の合間に僕のプライベートな作品を見せたら、親近感を持ってくれて。じゃあ、一緒にやってみる?ということになりました。それが「ハモニカビル」になったのです。半年前ぐらいですね、僕としては自分の活動の延長線上に彼女のセンスが加わってくるという感じですね。これからはもっと外にむけてやっていくためにユニット名を考えました。

小島:私にとっては「ハモニカビル」は仕事以外での新しいチャレンジです。誰かと一緒につくるというのが仕事以外ではじめてだったのですが、日々刺激があってとても楽しいです。

----「ハモニカビル」のネーミングの由来を教えてください

藤田:街を歩くのが好きで、ビルの狭間にあるような細長い雑居ビル、それをたしか楽器のハーモニカのようなので、ハモニカビルと呼ぶ、というのが記憶にありました。そこからとってます。デザイン・ユニットとしてのネーミングの意味とは雑居ビルにいろいろな人がいるというイメージで、今、「ハモニカビル」は2人ですけど、将来的にはライターさんや、モデルさんなどがメンバーになって、いろいろな人が出入りするフレキシブルな仕組みを持つユニットのにしていきたい。あと、言葉の響きの可愛らしさというもあります。細いながらも立っていこう!と思ってます。

----デザインに対する発想について教えてください

藤田:僕が目指しているデザインのテイストは、「キュートで、ポップで下品で、エロ」。「ハモニカビル」では、まだ最初の2つぐらいしか表現できてないですが、これからは後のふたつの異物感と、人をギョッとさせることができればいいな、と思ってます。

小島:私は流行にとらわれないけれど、どこかで流行は取り入れているもの。普遍的なものに育っていくようなデザインを自分の中で考えていきたいです。

藤田:そのあたりが彼女と意見がぶつかるんですけどね(笑)。

小島:ぶつかるところはあっても、目指すデザインに共感できるから一緒に出来るんだと思います(笑)。


「Yoshiki boutique collection DM」

藤田:僕はずっと、他のいろいろなデザイン作品をみないで仕事をしてきたんです。でも、最近それに限界を感じてきて、自分の作るものがつまらなく感じたり、飽きたりしてました。それで、いろんなデザインを見始めたらショックを感じて(笑)。2パーセントのものは見て安心できたのですが、あとは本当にショックを受けました。今、改めて勉強しつつ変わった感じのものを作っていきたくて迷走中です。 「ハモニカビル」の中で初心に戻りたいですね。

小島:私は、学生時代は3DやCGが自分にとって憧れが強く、手書きはなるべくしないでデジタルでやっていました。今は逆になんでも形にする前に手書きするようにしています。面倒に感じることも多いですがそのほうがデザインの組みたてもすごくスムーズなので。アイディアも思いついたらメモを残すかしています。忙しい時のほうが、アイディアが浮かびますね。オフだと体がリセットモードに入っているせいか頭がカラッポで…。でもものすごく楽しいときは、自分の状態に関わらず浮かんできたりします。

----具体的にお二人でデザインの作業はどのように進めますか

小島:おたがいにまずその仕事についてのラフを作ります。それを見せあって、どちらかが中心となり、まとめあげるという感じですね。そして、そのやりとりの中で必ず一回はお互いキレます。(笑)。

藤田:僕は争いはあっていいと思う。仕事としてやる以上、自由な発想だけでやってもよくないし、できるだけ客観的に、デザインは後に出した効果も考えな いといけません。彼女のアイディアが固すぎると思った時、僕がつついたり、逆に僕は歳ですから(笑)、若い彼女の意見も聞くのも大切だと思っています。手書き的なティストというのも彼女が担当しています。僕は全然できないので。


「Yoshiki boutique LOGO」

----「ハモニカビル」は札幌のアパレルショップ、「ヨシキブテック」さんのウェブ、DMなどを手掛けていますが、そのことについて教えてください

小島:ヨシキさんとは、ヨシキブティックのお店の客として知り合って、それをキッカケにロゴやDMのデザインの仕事をやらせていただくことになりました。

藤田:DMなど平面のデザインについては、お店のロゴのデザインの依頼があり、ロゴが確定した時点で、その後のデザインに関する方向性も決まった 感じですね。デザインコンセプトは、ヨシキさん持っている服に対する可愛らしいイメージを大事にしつつ、遊びのあるデザインしています。

小島:サイトのデザインについては、ヨシキさんのお店に来られるお客様は、インターネットのヘビーユーザーはあまりいないと聞いていたのでシンプルにわかりやすく、アナログ感があるもの、パソコンの環境を選ばないものにしました。春夏コレクションの部分は女の子がショッピングから帰ってきたあと、おうちにあったポラロイドカメラで買った服を着てうつす「モデルごっこ」の様子を描いています。

----サイトのデザインについては、ヨシキさんからはどんな要望がありましたか

小島:あまり複雑な感じにしないで、印象に残るものにして欲しい、というのがありました。ヨシキさんの服に対する世界観を、お聞きしてメモして、それからデザインのアイディアを考えて、それをヨシキさんに確認してもらいながら、進めていきました。

藤田:僕はウェブのことはサッパリですが、自由なようで結構制約があるのを感じています。ヨシキさんのサイトについては、最初はシンプルで見やすい形で 進めていきたいと思ってます。

----今後の予定を教えてください

藤田:将来的にはいろいろなことを、やっていきたいですが、今はヨシキブティックさんの仕事を中心にキチッと仕上げていきたいですね。ヨシキブティックの世界観は、自分たちの好きなティストでもあるしファッションの販促というのは、グラフィック・デザインの中でも、ある意味、最先端の場所にあると思うんです。多分ファッションには人を豊かにする要素が沢山盛り込まれているからだと思います。それを自分たちがやることに、やりがいも感じています。これからも、おもしろいものが作ればいいなと思います。


after Hours
佐藤義喜&ハモニカビル両者の雰囲気として感じるのは、静かな情熱。そして、インタビューをしてみると、発言に常識的な感覚とクリエイティブな発想が、交互に顔を出していくのが、心地よく感じる。そういった人々が作りだすものは、いつも品が良いものである。


Yoshiki boutique(ヨシキブテック)
札幌市中央区南1条西1丁目丸美ビル4階/12:00 - 20:00
注:2007年8月15日現在下記に移転

札幌市中央区南2条西4丁目COSMO3F/10:30〜20:00(不定休)
http://www13.plala.or.jp/yoshikiboutique/

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ゾンビの活用例

「ドーン・オブ・ザ・デッド」DVDを観る。熱心なファンまではいかないが僕はジョージ・A・ロメロの「ゾンビ」のシリーズは好きである。ホラーにアクションぽい要素を加味したひとつのフォーマットを作ったの偉いし、そんなゲーム感覚だけではなく、作品自体に深みがあるから評価が高いのだろう。

さて、「ドーン・オブ・ザ・デッド」は、ザック・スナイダー監督のリメイク作品。本作はロメロが作り出した、先に書いたゾンビのアクション的なおもしろさのみを律義に再現した作品。ロメロの持つ人間対人間とか、社会に対する視点は気持ち良いぐらい抜いて、「ゾンビとの戦い」というアクションに集中しているのが潔い。そこは裏切りません。生真面目なぐらい元祖のツボは外していないので、ベースとなっているロメロの「ゾンビ」と観比べてみるのも楽しいと思う。また、本作の公開あたりに封切りになったロメロのゾンビものの新作「ランド・オブ・ザ・デッド」と比べるのも作家性の違いが楽しめると思う。

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055 アーティスト[高木正勝]



最近では、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーへの参加や、UAのミュージックビデオ制作、デザイナーの皆川明、ダンサーの上村なおかとのダンス作品を制作。そして、2004年9月、4年間のソロ活動の集大成的作品「COIEDA (コイーダ)」をリリースした京都在住の映像作家/ミュージシャンである高木正勝(1979年生)。11月「あけぼの美術企画」主催による「あけぼの土曜美術学校01」のレクチャー&パフォーマンスのために札幌を訪れた高木正勝にインタビューをおこなってみた。
Text by Shinichi Ishikawa.

NUMERO DEUX SPECIAL 055 New and is nostalgic.
Interview with Masakatsu Takagi
取材日時:2004.11.22(mon) 20:00-20:30
取材協力:あけぼの美術企画S-AIR
取材場所:旧曙小学校教室
Interview & Photograph by Shinichi Ishikawa(NUMERO DEUX)

● 高木正勝インタビュー

----イントロダクション/ライブについて

ライブという形式を採る際は、純粋なミュージシャンという立場ではなくて、あくまで自分のやり方で出来れば、と思っています。ライブの時は、その時の感情をそのまま出したいと思っているので、出来るだけ演奏する様にしています。ライブでは既存の曲の再現より、その場限りの即興をやりたいと思っているのですが、演奏、作業を僕一人でしなければならないので、完璧な即興ライブというのは、中々難しい状況です。予めプログラムを組んでいる部分もあります。今回の会場である旧小学校にはピアノがあるので、使ってみたいと思っています。ライブ中に新しい演奏の仕方等を発見をする事もあるので、楽しみです。

----写真から、映像そして音楽へ

ピアノを中学、高校と習っていました。当時は、音楽の仕事が出来たらなあ、とぼんやり思っていましたが、大学に入る頃にはすっかり忘れて、写真をやり始めました。ポーズをとっている写真が好きではなくて、日常の動きの一瞬が捉えたいと思っていました。自分が気持ちよく感じる一瞬を探すのなら、カメラよりもビデオで撮影して、そこから選んだ方が良いんじゃないかな、と思ったので、ビデオカメラを使い始めました。そのうち、色をいじったり、加工もするようになって、今の作品に繋がっています。そういう流れなので、他の映像の人とは映像作品の捉え方が違うんじゃないかな、と思う時はあります。基本的に、自分の望む「ひとコマ」のために映像を作り始めて、そこから全体の構成や動きを考える事が多いです。逆に動きで表現する所からスタートする場合は、ひとコマの見え方は考えないですが。

はじめの頃は、他の人の音楽を自分の映像に使っていました。そのうち、自分で音楽も作った方が作品の自由度が上がると思って、両方作る事になりました。いざ、曲を作ってみると、難しいと思っていた作業が意外と簡単に出来ました。最初の頃は、本当に映像と同じ方法論で音楽を作っていました。映像を作成するソフトで曲を作ってましたが、どちらも時間軸に沿って作るものなので、音も映像も一緒の感覚で作れたんです。最近は、音楽独自の方法論も出来てきたので、逆にそれを映像に活かせたりもしています。例えば、映像制作に煮詰まった時に音楽を作り始めると、新しい発見があって映像に活かせたりします。いつもひっきりなしに何か作っていますが、ひとつの作品が終わると、今度は違うタイプの作品が作りたくなります。以前は、どちらかというと映像に重点を置いていた気がしますが、今は、どちらかがリードしていく形で、止まっている方を引っ張ってくれている感じです。

自分の好きな映画とか映像で憶えているのは、ストーリーよりも、一瞬のシーンだったりします。それも、必ずしも映画の中で重要なシーンではない場合が多いです。エネルギーが伝わってくる様なシーンが好きですね。これは、激しいという意味ではなくて、たとえ静かなシーンでも、エネルギーが伝わるものが好きなんです。

----表現の姿勢について

個人的に、誰の作品に対しても、作者の思いや考えが感じられるものに出会いたいと思っています。ただプライベートな部分を外に出す、という事ではなくて、それも含めた世の中をどういう風に捉えているのか、というのを見たり聞いたりしたいと思っています。そういうものを求めているので、自分が何かを作る際も、同じ様な事が出来れば良いなと思っています。自分なりの考えや表現方法というものは突き詰めていくと、それが突出した個性になったりオリジナリティーになったりするのですが、それは他の人には理解が出来ないものではなくて、逆に多くの人と共有出来るものになると思います。そういうものに触れてみたいと思うし、自分でも生み出せれば、と思っています。

----表現へのアドバイス

今回の札幌でのイベントの様にレクチャーをする機会は結構あります。世代が近い方の中には、自分と同じ様にコンピューターを持っていて、何か作りたいと思っている方が多い様です。少しでも何かの役に立つと良いな、と思うので、結果の話だけではなくて、プロセスの話もする様にしています。

ものを作る時に、作品を見てくれる人を想定するのは、良い事だと思います。それは、100人とかそういった規模ではなくて、身近な人で、親とかでも良いと思います。それと、なぜ人に見せたいのか、というのを考えた方が良い気がします。自分で作って、それだけで満足出来るのであれば、見せなくても良いと思うんです。(そういうのに限って、名作が多いと思いますが。)もしくは、「自分はこんなに出来る」という思いが強すぎる作品は、見る人に不快な感情を与えてしまうだけだと思います。外に出すのなら、たとえ、クオリティーの部分で問題があっても、そういうものを通り越して、人に伝えたい、伝えるべきと思うものを作りたいと、僕は思っています。

----来年(2005年)にむけて

この2年('03-'04)はCDのリリースが相次いだので、ミュージシャンとして紹介される事が多かったのですが、もう一度、自分をリセットしたい気分です。なので、今までとは違った環境になったら良いな、と漠然と思っていたのですが、不思議な事に、自然とそういう環境が向こうからやって来たりして、心境、環境ともに整って来ている感じです。その中の一つには、自分の映像をもう一度美術館で見せたいな、というのがあります。単純に自分の作品を出したい、というより、自分の映像を美術の世界で見せる事に意味があるんじゃないか、と感じるからです。思い込みかも知れませんが(笑)。

after Hours
元小学校の教室という場所で、電源の関係で間接照明の中での取材は、なんとも不思議な体験だった。高木正勝は決して饒舌なタイプではないが、ひとつひとつの質問に丁寧に答えていただいた。終始、礼儀正しく、柔らかな言葉使いのなかのに時折アーティストらしい鋭さが感じられ、そして自然体であった。


INFO
高木正勝/COIEDA
2004/9/8 on sale/CD+DVD
\3,990(tax in.)MTCD-1042
W+K東京LAB WKM 005 / felicity cap-41
http://www.takagimasakatsu.com/


 

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FINE TIME 28 レポート

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今回より19時→18時にスタートしてみました。今回は会場のSOSO CAFEで展示中の北海道造形デザイン専門学校の学生6名によるcreative group  39℃のメンバーや、フォトグラファー、役者、音楽関係、グラフィックデザイナーなどが参加していました。平成生まれの方もいましてびっくりです。
[2007/7/28(土) 18:00-21:00  SOSO CAFE]

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平成生まれ

夜にFINE TIMEに顔を出す。SOSOでエキシビションを行なっている学生さんらが来ていた。また、他に平成生まれという方がいてびっくり。平成生まれの人からみると「昭和」って古い感じがするんでしょね。そういった方々に「昭和の人」とひとくくりにされたら少々戸惑う。昭和の人も世代によって違いはある。

じゃあ、自分はどういう世代かというと、よくわからない。社会的には新卒が「新人類」と呼ばれた世代だけど、今となってはこの呼び方も懐かしい。話はズレるけど、70年代、80年代、とカルチャーの分けかたがあり、ある程度説明はできるけど、90年代のカルチャーって何なんだろう?それを考察するのは、まだ最近のことなのだろうか。

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054 私設図書館[think garden]



市電沿いの13丁目。情報発信の場として賑わうSOSO CAFE内に、「庭」が引っ越してきた。この庭は「思考の庭」という。足を踏み入れると、芸術書や山の本が一緒に並び、まるで私たちを待っていてくれるよう。堅苦しく考えないで、薦められた一冊を手にとってみるといい。きっとどこかへ連れていってくれる。自分はその庭の管理者だという、「think garden」代表の津田さんにお話をうかがった。Text by mato.

NUMERO DEUX SPECIAL 054 The janitor of the yard.
Interview with Tomoe Tsuda
取材日時:2004.9.16(Thu) 19:00-20:00
取材協力:miel
Interview & Photograph by Aiko Yamamoto & Yoko Yoshioka (mato.)

■ インタビュー 津田知枝(think garden)

----プロフィールを教えて下さい

1974年生まれ、出身は東京です。武蔵野美術大学建築学科を卒業後、数年たってからレントゲンというギャラリーで働き、その後P3という組織で働いていました。P3では2002年に帯広で開催された現代美術展「デメーテル」のスタッフとして参加しましたが、今年の春に札幌に引越してきました。

----『シンクガーデン』をはじめた理由を教えて下さい

「デメーテル」では200〜300人もの学生ボランティアとかかわっていましたが、催しが終わると、せっかく美術に興味を持っても、それを持続させるための環境に乏しいという問題がありました。今後の彼らとどうやって付き合っていけばいいかを考えた結果、本を通じて美術・芸術を教えていけるのではないかと思い、図書館をオープンすることにしました。「デメーテル」が終わってすぐに北海道で何かできないかな?と着想し始めたので、心の中の準備期間は1年ほどあったんです。2年くらいかけて準備していた美術展だったので、何度も北海道に来ているうちに縁も所縁もでき、全く知らない土地というわけでもなかったですし。もちろん、身近な友人との関係をどうしていこうか?という葛藤がありましたが、何かに引っ張られてこっちに来ちゃったものはしょうがない!と割り切りましたね。

----コンセプトを教えて下さい

コンセプトは『庭』です。場所が閉じていないということが大切。ちゃんと呼吸していて光を浴びている、その場所にいながらにして色々な場所に旅ができる・・・。私はそういった場所=「庭」の管理者だと思っています。

----『シンクガーデン』の機能について教えて下さい

芸術書、特に現代美術と建築に関する書籍を中心としたコレクションをしていますので、その専門性から、芸術分野に精通しているスタッフ=本のソムリエが積極的に書籍の紹介をし、必要に応じて利用者のあらゆる作業を助けていきます。
 「図書機能」…本の閲覧と貸し出しを行います。閲覧については誰でも利用でき、貸し出しを希望する方には会員となっていただきます。(年会費:3,000円)
 「パートナーシップ制度」…シンクガーデンを共有していくという機能です。(年会費:法人10,000円・個人7,000円)
場所がある・本がある・私がいる・情報があるというのを全て共有しましょう、という考えです。学校や会社等の単位でパートナーとし、そのパートナーには場所や情報の提供を行います。例えばシンクガーデンの場所を大学の研究室でオフキャンパスとし、ワークショップやレクチャーを行うことも可能です。蔵書の貸し出しも同時に行います。情報の共有という点では、いつ誰が来るという情報をパートナー内に提供していく等、パートナーになってくれた方には何らかの形で協力していきたいと思っています。

----『シンクガーデン』に訪れる客層に何か特徴はありましたか?

SOSO CAFEへの移転前は、学生が多かったです。住宅街にあったので、ふらりと立ち寄ってくれる主婦の方も多かったですね。今後は以前とは違った客層になっていくのではないかと思います。

----『Round Table』について教えて下さい ※

「デメーテル」や東京でイベントを企画する仕事をしていたので、「イベントっていうのは、何のためにやっているのか?」と、イベント自体の意義を最近考えています。多額なお金が投じられてはいるけれど、実際その出来事がその場所に還元されていない、イベントと都市がつながっていないように感じます。もっと違う形でのイベントの落とし込み方があるのではないかと。
 そういったイベントを一番鋭く、一般の人よりも突っ込んで見て、批評しているのはメディアの人達だと思うんです。といっても、いきなりハードに新聞記者に話を聞くのではなく、1回目は入りやすいところからという事で、フリーペーパーの編集長に話を聞こうという公開会議です。来年の4月までに何回か開催する予定ですので、今後様々なメディアの方々と話したいと思っています。

----津田さんのプライベートな趣味や楽しみを教えていただけますか?

趣味はたくさんあります。音楽・映画鑑賞・旅行・スポーツ等、色々あります。ここ数年は毎朝走ることが日課になっています。札幌に引っ越してきてからも豊平川の横を走っていますよ。他にも色々なスポーツをやっていますが、クライミングも好きですね。時間があったら世界中の山に登ってみたいと思っています。走ること・登ること…とにかく動いているのが好きです。少しでも動いていたい。じっとしているのが嫌なんです。

----津田さんにとって、『シンクガーデン』とはどんな存在ですか?

『シンクガーデン』は私を抽象化したものですね。やりたいこともどんどん増えていくと思いますし、常に成長し続けたいので、今後も一人でやっていくかどうかは難しいと思いますが。

----今後どのようなことをしていきたいですか?

日本中・世界中のあちこちにコンビニのように『シンクガーデン』のような場所が広がっていって欲しい。『シンクガーデン』=『考える場所』が色々な場所にあってもいいんじゃないかな。それと、コンスタントに教育研究的なプログラムを入れていきたいと考えています。いいことを伝えられる人って、世の中にはたくさんいますから、寺子屋のような場所を作り、そこで様々なことを教えて行くのもいいですね。


after Hours
毎朝走っていたり、クライミングをやっていたり、津田さんの趣味の話はどんどん広がっていく。私の「芸術書を取り扱う図書館」のイメージはどんどん「庭」へと近づく。それは光を浴びた庭。眼や頭だけではなくて、五感をちゃんと働かせている人と話すと気持ちがいい、そんなことを考えていた。


「think garden」
住所_札幌市中央区南1条西13丁目三誠ビル1F
注:2007年8月15日現在下記に移転
札幌市中央区南2条西7丁目 エムズスペース右2F TEL/FAX 011-241-3165


※THINK GARDEN +「札幌フリーペーパー編集長会議」
日時:2004年10月8日(金)19:00〜
参加媒体:加賀屋 稔幸(complex編集長)、濱元 雅浩(ES編集長)、石川 伸一(MAGNET編集長)
司会進行:津田 知枝(think garden代表)、大口 岳人(SHIFT代表)
会場:SOSOCAFE
住所:札幌市中央区南1条西13丁目三誠ビル1F
入場:800円(1ドリンク付)
主催:シンクガーデン・プラス実行委員会
お問い合わせ:tomoe@thinkgargen.org

 

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053 アンティーク着物のお店[まめぐら]



大通公園のおしまいにある資料館の裏側仲通りに、なんだか気になる建物があった。14丁目にひっそり佇んでいるその臙脂色の建物には「まめぐら」と書いてある。扉を開けるとなんだかなつかしいにおいがした。そこには色とりどり、柄とりどりの着物や小物たちが出番をまっている。すこしだけ日常から離れた空間、アンティーク着物や小物をあつかう「はぎれ・リサイクル着物 まめぐら」の店長さんにお話をうかがった。Text by mato.

NUMERO DEUX SPECIAL 053 Wisdom and a margin.
Interview with Miho Koikawa
取材日時:2004.5.22(Sat) 16:00-17:00
取材協力:はぎれ・リサイクル着物 まめぐら
Interview & Photograph by Aiko Yamamoto & Yoko Yoshioka (mato.)


----お店をはじめるまでの簡単な経歴を教えてください

1996年、今から8年前に「まめぐら」をオープンしました。
実家が商家でしたので、小さい頃からお店を手伝っており、当時は朝から夜中までとても忙しく働いていました。短大卒業後はOLとして働いていましたが、結婚した相手の体が弱かった事を機に商売をしようと考えました。とにかく何か手に職をつけようと色々と習い事に行きましたが、どれも自分には合わないと感じて長続きせずにいました。

ちょうどその頃、友人のお母さんが和裁を教えていて、やってみないかと誘われた事が着物の世界に触れるきっかけでした。元々は着物に興味など全くなく不器用な私でしたが、和裁をやっていくうちに着物の奥深さを知り、どんどん好きになっていきました。そのうち、自然の成り行きでアンティーク着物の店を作りたいと思い始めて、すぐに物件を探し出しました。今の場所は新聞の広告で見つけて、実際に見に行って即決しました。大家さんがとてもいい人で、偶然が重なった出会いでしたね。

----どのようなアイテムをあつかっていますか?

扱っている商品の内容はどんどん変わってきていますが、現在はアンティーク着物(明治・大正・昭和前半)・中古着物(昭和後半・平成)・新品着物・帯・履物・小物・はぎれなどを扱っています。他に、着物や帯の生地を使った手作りのバックや小物も何点か置いています。
オープン当初は仕入れ先などもわからず、取引先のない状況でしたので、旭川などの地方に行って古着を購入し自分で洗い張り、仕立て直しをしたものが中心でした。当時はまだ反物を買う余裕がなかったですから。しばらくたってから、東京や京都に飛び込みで買い付けに行くようになりました。状態の良いものを揃えていきたいので、アンティークを集めるのはなかなか大変です。
また、商品販売だけでなくアンティーク着物のレンタル、着付けも行っています。最近はレストランウエディングで着ていただくことも多くなりました。ウエディングだけでなくパーティなどにも着ていける物もご用意しています。



----客層やよく出るアイテムを教えてください

学生さんからご年配の方まで幅広いですが、私と同じ年代、20代・30代の女性のお客さんが多いです。
小物や帯などを買っていかれる方がとくに多いですね。その方が持っている着物や帯を利用して、足りないものを揃えていって欲しいと思います。着物はとても高いイメージがあると思いますが、着物入門として安い着物からから買い始めて、そのあとで徐々に良い着物、高い着物へと移行していくといいのではないかと思います。


----店長さんにとって「着物」とはどんなものですか?

着物は「文化」だと思います。私は24歳で和裁を習い始めるまで着物という世界には触れることなく過ごしていましたが、こんなにも知恵がつまっている物は他にはないと思います。一枚の布から作られていて、適度に余裕を持たせている。そして最後にはハタキとして最後まで無駄なく使うことができる。着物の奥深さを知れば知るほど、日本人として生きていることへの誇りを持つことができました。他の仕事をしていたら、ここまで誇りを持てなかったと思います。

----最後に、今後の予定やお知らせがありましたら教えてください

6月にセールを行いますので、是非一度お店をのぞいて見てください。ウエディングやパーティの際に着ていけるアンティーク着物をご用意しておりますので、興味のある方は是非一度お店を覗いていただきたいと思います。


after Hours

店長さんは、いつ伺っても話しやすい空気感をもっていて、今日の取材でもそうだった。取材中もお客さんにやさしく目を配り、オススメしたり、その人に合わないものはオススメしなかったり、包容力のある信念を感じた。もっとサラリと着物を着て、どこかにおでかけしたい。そんな時にはまたフラリとまめぐらへ行きたいな、なんて思う。



「はぎれ・リサイクル着物 まめぐら」
住所_札幌市中央区大通西14丁目3資料館裏仲通り
営業時間_11:00〜18:00 / 定休_月曜日,第2・4火曜日 / 電話_ 011-272-6788
http://www.mamegura.com


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もっと光を。

暇つぶしに近所の電気店に行ってみた。照明コーナーに  National デスクスタンド ピコット オレンジ SQ915Jというのがあってオレンジ色のシンプルでモダンなデザインで目を引いた。安売りされてたいたので買ってしまった。

スイッチは大きな丸いボタンひとつで可愛らしく押しやすい。電球ではなくて13形コンパクト形蛍光灯なので読書に仕事に実用度が高い照明器具だ。傘が丸いタイプで蛍光灯って珍しいと思う。丸い電球の光は好きだけど仕事には蛍光灯がいいと思う。リビングが間接照明ばっかだったので、パソコンや書き物をするために使っています。

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021 セレクトショップ「Ki:n%Hz」

NUMERO DEUX SPRCIAL 021
INTERVIEW WITH Daisuke Sasaki(Ki:n%Hz
札幌市中央区南2条西10丁目1000-20ダイメック南2条ビル2F

*2007.9.15現在 移転 → 札幌市中央区南3条西1丁目1-2 K3-1.bld.1F
取材日時:2000.11.24(fri) 13:00-14:30
NUMERO DEUX net magazine Copyright.

Ki:n%Hz = INFORMAITION INDUSTRY

    「港の空の色は、空チャンネルにあわせたテレビの色だった」("Neuromancer / William Gibson"1986)。今回の取材をした後、このフレーズがふと浮かんだ。ウィリアム・ギブスンの描いた未来は、ミレニアムな今時分、その世界観はより確信を強めつつある。Ki:n%Hz(キーンパーセントヘルツ)と名付けられたショップは、単なる良質のブランドのウェアを扱うセレクト・ショップというよりも、もっと深い、ありそうでなかった(特に札幌では)カルチャーのキーポイントになる予感がする。代表である佐々木大輔のサイト展開などデジタルに目配りしつつも、デザイナーとの人間的つながりも重視するバランス良さに魅力を感じからかもしれない。そういえば、ギブスンの作品も、結局のところ人間臭さ、というのが魅力につながっている。インタビューを読んで、 Ki:n%Hzとつきあっていくことを検討して欲しい。

inteviewer SHINICHI ISHIKAWA(NUMERO DEUX)

INTERVIEW with Daisuke Sasaki (Ki:n%Hz)
    佐々木大輔(キーンパーセントヘルツ/有限会社ノーブル・サベージ代表)インタビュー
    by Shinichi Ishikawa(NUMERO DEUX)

    「このショップはファッション業界だけではなく僕は「情報産業」だと思っている」

1. 簡単にプロフィールを教えてください。

    76年生まれ。出身は盛岡ですが、すぐに函館に引っ越しました。父が建築の仕事をしていたこともあって、将来は工業意匠のほうに進学したいなと思っていました。それと同時に、函館の高校時代から凄く服が好きで、東京によく買物に行ってました。だから卒業したら東京に行くものだと思っていて。ところが、行きたい大学には進学するのは難しいことがわかって、それなら、高校時代、親にはいろいろ迷惑をかけてきたので、なにか役に立つことをしようと思い自分の家庭のある事情を見て、福祉の仕事を目指して市内の大学の福祉系に進学しました。

    大学にはいるとほぼ同時にDJをやりはじめて、仲間ができてくると、そういう世界のほうが自分にあっていると感じてきました。もちろん服も好きで、そうしているうちに、市内のセレクトショップから「ウチで働かない?」というお話があって、そこは自分も好きなところだったし、福祉の勉強はやっているうちに、これを仕事にするには生半可では通用しない世界だとわかってきて。それは自分にはできないと感じていたので、そのショップに入社をするのをキッカケに大学を中退することを決意しました。いきなり親に相談もせず決めたので、ガッカリさせてしまったと思います。もちろん中退は止められましたが、「ごめん」という感じで決断しました。そしてファッションの仕事をすることになって、とにかく楽しかったですね。インポートも、アントワープとかも良かったし。仕事もがんばったらバイヤーにもなれましたし。

2. では、なぜ会社のバイヤーを結果的に辞めてしまったのですか?

    会社でバイヤーをやっているうちにちよっとした疑問が生まれてきて、結局、会社でのバイヤーの仕事は「対デザイナー」ではなく「対代理店」なんですよね。自分としては、デザイナー自身から、デザインしたものに対する思い入れを聞いて、仕事をしたかった。だから、服は凄くいいのですけど、でもやりとりは代理店のみだと、それでいいのかな、というのが凄く疑問があって。どうしても、代理店をとおすと、デザイナーの「想い」が100パーセント自分に伝わってこないし、そうだとお客さんにも伝えることはできない。そこにストレスを感じてしまって。そうなるとファッションの世界にいてもいないような感覚になってきたのです。

3. その「ジレンマ」はどうして解決しましたか?

    そんな中で趣味でやっていたDJのつながりで、日本のショップ・ディレクター、デザイナー、スタイリストさんに出会って、話をしているうちに、自分の疑問が、さっとひいて気持ちがクリアーになって。それは、僕はつねにできるだけファッションを扱う世界の「核」の部分にいたい!と思っていて、それなら、自分が「核」になればいいんだ!とわかったから。服っていうのはのいつもお客さん買いにきてくれるものですよね。だから、「あと3年まってください。そうしたら、僕がこの会社の核になります」とはいえないのです。それでは遅い。

    だから、その核に近づくためにスッパリ会社はヤメました。会社自体は好きだったので辞めたくはなかったですけど。辞めた直後は、その後の具体的なプランはなかった。ただ、しばらくすると、以前は、なにかやるにしても東京じゃないとだめだな、と感じていたけど、でも、その札幌と東京の距離感がふと、なくなって、そうしたら「ショップをやろうかな」と思って。そして、今に至るという感じですね。


4 では、最近の様子をおしえてください。

    最近は、好きなもの入れてるから、楽しい。このショップはファッション業界だけではないと思う。僕は「情報産業」、だと思っている。お店のほうに来てもらえればわかりやすいと思うのですが、好きなもの(情報)が集まっている世界。その辺が伝わりにくいかな、と思う。例えば、ここはサイトがあったり、イベントもやるけど、それはショップで服を売るためにやる、という訳ではなくてすべては同一線上でお客さんに提供したい。

    ここのショップのコンセプトが、「ライフスタイルの多様性の認識と、それによる選択肢の拡大」というのがひとつあって、あまり制限するのはもったいない気がして、例えば、僕は音楽ならハウスは好きだけど、だからハウスしか聴きません!、というのは、それはそれでカッコ良いし、自分のなかでもありだけど、だけどそれだけではなくて、ロックもいいかも、ドラムンベースもいいかも、レゲェもいいかも、というほうがよりいいと思う。では、どんなものでもいいのか、というと、それは違って、デザイナーが「俺はこれが好きだから、これをやるんだ」という嘘、偽りつわりののない世界がいいと感じる。そういう感覚をもっているか、というのが取り扱うブランドをセレクトをするひとつのハードルになりますね。

5 このショップは素材などにこだわりながらも、シンプルなデザインのアイテムが多いですが、インディーズブランドのデザインで装飾過剰なものが多いと感じませんか?

    あるスタイリストさんと話したのですけど、装飾過剰なのが良いか悪いか、というの判断は微妙なのですけど、その装飾過剰イコール人のやらないことをやる、ということだったら、それは思った以上に簡単なことだと思う。そういうティストは、マックイーンとか、ジョン・ガリアーノで十分なんですよ。それよりも、もっと自分の世界観を出して、かつ着てもらえるようにスタンスでやったほうがいいと思う。自分自身も、以前、装飾過剰で目立とうとしてインディーズブランドをやっていたこともあって、失敗したタチなので(笑)。そのエネルギーをもっとうまく使って欲しい気がする。そうすれば、札幌はもっとおもしろくなる。札幌のインディーズブランドもこれから期待大だと感じてます。

6.最後にこれからの予定について

    サイトをチエックしてください(笑)。今、日本的なものを意識していて、次のシーズンあたりから日本を意識していきたいですね。まだ漠然としていますが要注意ということで(笑)。

after hours

    インタビューした佐々木大輔はまだ四捨五入すると20歳でありながら、インタビューでもわかるとおりしっかりとした考えをもつ人物である。といっても、堅苦しさや、暑苦しいポジティブ感もない。クリアーに自分の意見を述べる好青年という印象であった。まだオープンしたばかりだが、Ki:n%Hzは今後動向が気になるショップだな、と感じた。
inteviewer SHINICHI ISHIKAWA(NUMERO DEUX)






   
   

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イギリスアンティーク雑貨「THE DECOR SHOP」(2003.12.22)

何ヶ所かに錆びができているホーローのキャニスターやトレー。どことなくなつかしい感じがするアンティーク雑貨たち。新品にはない「ぬくもり」とたくさんの時間を過ごしてきた「味わいの深さ」がひとつひとつに詰まっている。4丁目プラザで営業していたイギリスアンティーク雑貨を中心とした店「THE  DECOR SHOP」が、12月18日にバスセンター駅近くに移転した。店長の川原さんにお話をうかがった。
Text by AikoYamamoto (mato.)


NUMERO DEUX SPECIAL 052 Favorite is found.
Interview with Kawahara (THE DECOR SHOP)
取材日時::2003.12.22(Mon) 19:00-20:00
取材協力:THE DECOR SHOP
Interview & Photograph by mato.

---お店をはじめるまでの簡単な経歴を教えてください

高校卒業後、地元で会社に就職しました。東京に何度か遊びに行っているうちに、雑貨屋を見かけ、こんな仕事があるのか!とカルチャーショックを受けました。そのうち、東京に行って雑貨の仕事をしたいと思うようになり、5年半勤務した会社を退職して東京に上京しました。
東京に行ってからは、前からずっと気に入っていた吉祥寺の「ペンギンカフェ」に働かせて欲しいと問い合わせしたのですが、その当時は人数が足りているということで断られました。結局「SAZABY」でバイトとして働くことになりましたが、その当時の僕はかなり行動力があり、何度もスタッフ募集していないか「ペンギンカフェ」に通っているうちに、半年ほどしてからやっとスタッフとして働けることになりました。
「ペンギンカフェ」では10年ほど勤務していましたが、そろそろ自分で店を出したいと思い始め、妻の実家がある札幌に移住しました。9年前に円山裏参道で店を出し、その後4丁目プラザに声をかけてもらい店を移転しました。そして、先日現在の場所にさらに移転しました。


----どのようなアイテムをあつかっていますか?

昔は、新品雑貨なども取り扱っていましたが、2年ほど前から徐々にアンティーク雑貨に移行し、1年ほど前からはアンティーク雑貨のみ取り扱っています。
イギリスのキッチンものを中心としたアンティーク雑貨が多いですね。
イギリスには何度も買い付けに行っているのですが、ロンドンからなるべく遠い所でのみの市やアンティークセンターなどを見てまわります。イギリスは地域的にアンティークの店がたくさんあるので、知らない街・知らない場所で雑貨を探すようにしています。

----客層やよく出るアイテムを教えてください

お客様は、キッチンもののアンティークを置いているからか、主婦層が多いですね。どちらかというと、カントリーっぽい好みの方が多いです。
よく出るアイテムは、ガラスボトルやボタンです。ボタンのほとんどはアメリカの50〜80年代デッドストックで、そのボタンを利用して作ったアクセサリーなども置いています。

----今回移転された理由は?

ゆったりと、静かで広いところで店をやりたいと思っていたので、ずっと場所を探していたんです。たまたまここの物件を見つけ急遽移転を決め、1ヵ月ほどで準備を行いました。最初は音楽なども流していなかったのですが、静かすぎるかな?と思い、BGMを流し始めたほど静かな場所です。

-----最後に、今後の予定やお知らせがありましたら教えてください

今後は、今以上に幅広い商品構成ができるようにしていきたいと思っています。アンティークが好き・カントリーが好きという感覚ではなく、年代より単純にインテリアや雑貨としてお客様が気に入ったものを買っていってくれればいいですね。 平成16年の1月末まで、ホームページ(http://www.webdecor.jp/)の「店舗移転のお知らせ」ページをプリントアウトしてご持参していただくと、お買いあげ合計金額¥5000以上で15%OFFにさせていただいておりますので、ぜひご利用下さい。

●after Hours
数年前、頻繁に4プラに行っていた頃に何度か雑貨を買わせていただいたことがありました。当時と変わらない温和な印象の川原さん。インタビューや写真は苦手との事でしたが、丁寧に応対してくださいました。店内に置いてある商品は、じっくり見れば見るほど味があるものばかりで、インタビュー終了後に思わずアンティークボタンと糸巻きのセットを購入してしまいました。


「THE DECOR SHOP」

住所_札幌市中央区南1条東2丁目マツヒロビル1F
営業時間_10:00〜20:00 / 日・祝 / 011-222-0116 / 050-3355-9902(OCN.Phone)
http://www.webdecor.jp/
★2005年11月より実店舗での販売を休止し通信販売のみでの営業を開始

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「3」はどうなるか?

ミラ・ジョヴォヴィッチは、まぁ好きです。といっても出演作は「バイオハザード」しか知らないのですが。「バイオハザード2」を観てみました。前作はコンパクトにまとまったゾンビものアクション、という感じで密閉感のある設定や、誰が死んでいくかというスルリなど元のゲームを知らない僕でも十分楽しめた。美術セットも含めて映像も良い感じだった。

「2」ですがスケールアップ感はあり、閉鎖された街がまるごと舞台になった。登場人物も増えた。どうもいろいろ「増量」された分が、おもしろさのアップにつながっていない。女性刑事とか、特殊部隊とかイイ感じな割には大した見せ場もない。科学者とその娘とかもひとつの要素としてあるだけであんまり見せ場なし。怪物も最初から悲しい感じ。悪役はほどほど存在感はあったけど、味はないしなぁ。すべてが、ミラ・ジョヴォヴィッチを目立たせるために一歩引いている。アクションやセットのスケールは悪くないので、退屈はしなかったけど作品全体として出来がいいとはいえないかも。「3」も封切り予定みたいですが、どういう切り口で見せていくのかという興味で観てみたい。

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020 イラストレーター「高田理香」



NUMERO DEUX SPECIAL 020 "WEEKEND STROLL BOOKS"
INTERVIEW WITH Rica Takada 高田理香

2000.10.27(fri) 18:00-20:00
(本サイト内の画像の無断転載・複製を禁じます/copyright Rica Takada)

WEEKEND STORYS

    シュプールやノンノなど、おなじみのファション誌のイラストから日産のCMの背景画、そして、書籍「グルーヴィー・ブック・レビュー2000」(UA,沼田元氣、緒川たまき市川実日子らが執筆)では4コママンガ、そしてレビューも執筆している高田理香。その作品は、一見したところ海外のライフスタイルを描いたものに思えるが、どこか日本的なものを感じさせるオリジナリティのあるものだ。そして、配色のセンスは真似のできないクオリティを感じさせるだろう。フリーのイラストレーターであると同時に自らが制作/流通すべてをマネジメントしている "WEEKEND STROLL BOOKS"を主催しオリジナルのポストカードやカレンダーのリリースもおこなっている。インタビューでは、今の仕事についた理由、学生時代、仕事についてのスタンスから WEEKEND STROLL BOOKSについてまで、話しを聞くことができた。


INTERVIEW WITH Rica Takada
高田理香(イラストレーター/WEEKEND STROLL BOOKS)インタビューby Shinichi Ishikawa(NUMERO DEUX)

● Motive

    物心ついたときから、絵を描く仕事をするんだ、と思っていました。なぜなら、自分のまわりでいろなことをしている人をみて、自分にはそれしかできない、OLにはなれないな、と感じていたのです。特に、毎日決まった時間に起きて、決まった場所に行く、ということが、自分が凄くマイペースな人間のため無理でしたので、規則正しい生活自体が難しいのです。それは今でも難しい(笑)。消去法で考えたとき、自分ひとりでできる仕事じゃないとだめだな、とわかってこの仕事を選びました。

● School Life & After

    高校は美術科のない普通の高校でした。セツ・モードセミナーに進学するのもなんとなく前から決めていて、なんの迷いもなく行きました。自然にです。いろんな年令の人がいるのがおもしろかったです。ただ、挫折したり、道をはずれてしまう人がいて、最後は結構、少数になってしまうのです。私はその中で、普通にがんばったら残ったという感じです。道をはずれることもなかったし(笑)。

    学校は基本的に2年なんですが、さらに研究科がありました。2年は短いのでそこに進みました。その中で特待生のようなグループのセツゲリラというのが、あって先生や先輩の推薦で決めるのですが、それに選ばれてセツゲリラになって(笑)。そして展覧会などやったりしたのですが、あまり興味がもてなくてやめてしまいました。刺激があると思ったのですが、そうでもなくて。それはセツ(モード・セミナー)は、大学と違って、狭い寺子屋みたいなところなので、どうしても思考が固まってしまうのです。その中で、私の好きなものの興味は音楽とか外に向いていたので、浮いていたかもしれません。当時は、ネオ・アコとか、スミスを聴いてました。それらのジャケットのデザインなどにも影響をうけました。ですので、インスピレーションについては学校より外から受けていたかもしれません。ただ、水彩で絵を描いたり、色彩感覚を養う点で、学校はとてもためになりました。生活スタイルの部分でも影響を受けて、学校はパリのアパルトマンという感じで、狭いけど、階段がたくさんあって、日本じゃないところみたいなのです。別にお金をかけていたり、高級ではないのだけど、凄くシックで、センスが良くて。売店とか自動販売機はなくて、生徒にも豆から挽いたコーヒーだったり。徹底して、下品なものは排除されていましたね。大きい声でしゃべったりすると怒られたりしました。

    在学中に自立した生活をはじめました。友人と共同で、バイトをして。その理由は、「親のお金で食べているうちは本当の自由は手に入らない」という考え方に影響を受けて、親に食べさせてもらうのは、カッコ悪いと感じるようになって。好きなことをするなら、それが自分でできる経済力がないとダメだと思いました。

    セツゲリラをやめて、その時点で、フリーになりました。そして、公募展に出しはじめて、受賞するとカタログに掲載されるのですけど、それを見て広告代理店などから仕事の依頼がくるようになりました。自分からの売り込みというのも、たぶん2、3回はしました。雑誌の編集部とかにです。行くときは緊張しました。ただ、当時は凄く下手だったし、デッサン力もなかったので、すぐ辞めてしまいました。まだ、時期じゃないんだな、と思って。15年ぐらい前の話です。自分のスタイルは当時はできていませんでした。スタイルが決まってきたのはここ5、6年だと思っています。そして現在にいたっています。

● Life Style

    特に決まっていないのですが、夜寝るのが遅い時は9時ぐらいに起きて、電話をしたり、メールをチエックしたり、家事をして午前中が過ぎます。そして、お昼前後にブランチのような食事をして、午後から夕方ぐらいまで、集中して仕事をします。打ち合わせがあれば、でかけたり、来ていただいたりします。夜の7時、8時ぐらいには区切りをつけています。フリーなので休日は自分で決めれますが、仕事をしている会社の方々はお休みは土日なので、大体それにあわせています。休日は、WEEKEND STOROLL BOOKSでやることがあれば、集中してやってます。余裕のある時は街に出て、買い物に行ったりしますね。

● Creative Works

    自分の作るものに対して、ひとりよがりになりたくないです。わかりやすく世の中に通じるものを作りたいと思っています。自分の好きなものを追求するほうが簡単ではないかと思います。わかりやすいのだけど、本質的に良いもので、飽きられないもので、公共性のあるもの、世の中で機能するものに、魅力を感じます。そして、それは特定の人ではなく幅広く受けいられるものがいい。だだ、それを戦略的にはやりたくないのです。自分のやりたいことと、世の中の求めることが自然にリンクすれば一番いいな、と思ってます。

    イラストレーターとして仕事柄、世の中の流行は知らないといけないですね。仕事上、話しが出たときにあまりに知らなくて話しが通じないのはまずいです。いろんなメディアのなかで仕事をする訳ですから、あまりに時代からずれたものを作ってはいけない、と思ってます。(クライアントとの関係があるので)イラストレーターの仕事は、自分ひとりでできるものではありません。そういった意味で、知らなければないないことはいろいろあります。クライアントとの意識のズレを避けていわゆる友達の輪のなかだけで、なんのお金も、儲けも発生しない形で、好きなことをやるという方法もあると思いますが、それよりはメジャーのなかで、チャレンジしていくことがいいと、いうかそうありたいと思います。

● about WEEKEND STROLL BOOKS

    WEEKEND STROOL BOOKSは、現段階では副業なんです。これをやらないと生活できない、という訳ではないのです。だから、自分の好きなことをやらないと意味はないな、と思ってます。それに、作った後のことを考えると、自分で流通まで管理しないといけない。始めたのは去年の秋くらいからです。ネーミングは10年前に、自主制作で出した絵本の架空の出版社名からきています。

    ここから出すものは、人の生活に根ざしたものを出していきたいですね。一般的にイラストレーターの絵がはいっているものはベタベタに「絵をみてくれ」というのが多いと思うのです。そういうのではなくて、ちょこっと絵があって、それでオシャレで飽きないものを作りたいのです。そして、少しづつアイテムを増やしていくつもりです。札幌にも営業という意味でも行ってみたいです。いろいろなところから欲しいという声もはいってくるし、今後は少しずつ置いていただけるお店を増やしてゆきたいと思います。

after hours

お忙しがしいところインタビューをさせていただいた。「この答えがこのインタビューでふさわしいかはわかりませんが…」とことわりながら作品を作る姿勢について細かく話していただいたり、質問をそらすことなく正直に自分の考えを話してくれるのが印象的だった。これからクリエイティブな道を目指している方にもヒントになる部分は多いと思う。
inteviewer SHINICHI ISHIKAWA(NUMERO DEUX)


WEEKEND STROLL BOOKS information.
最新のリリースは、来年度のカレ